歴史散歩
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1.男たちよ、外へ出よう

 毎朝せわしなく駅まで歩き、ラッシュにもまれた通勤。神経をすり減らす仕事。残業で疲れる日々。ああ早くリタイヤしたい。のんびりしたい。海外永住だ。いや待て、ゆっくり寝ていたい。その思いも退職後の刺激のない現実にすぐ消え、苦痛だった会社勤めを懐かしく思い出します。まあ大方の人のパターンでしょう。そこで何かしたいと考えます。ゴルフ、釣り、そば打ち、陶芸もいいでしょう。もう一つ、心身ともに爽快になる散歩はいかがでしょう。散歩に運動神経は余り必要ではありません。これまで無趣味の人でも、散歩をきっかけにして生涯の趣味や目標が見えてくるかもしれません。
 定年が近づくころ、誰もが不安な気持ちになるものです。気持ちが塞ぎこんで、空を見ないで地面ばかり見ています。定年後、あなたはどのような1日を送りますか。1日の大半の時間を会社にささげてきた会社人間だった人たちは、これからの1日、1ヶ月、1年をとても長く感じるでしょう。会社人間であればあるほど、定年後の落差が大きく、虚脱状態に陥る人も出てくるかもしれません。会議、会議の連続でいっぱい埋まっていたスケジュール表は空白ばかりです。名刺がないと人に会ったとき、どう説明すればいいのか迷う人もいるでしょう。「元○○会社で部長をやっていた○○です」とでもいうのでしょうか。不安です。個人の力が問われる定年後ですが、大方の人は、これといって抜きん出た能力もありません。
 私は定年を指折り数えて、楽しみにしていました。ワクワク気分で定年を迎えました。「ホッ」とした解放感でした。余暇を楽しみながら、定年後に備える助走をしていたせいもあります。定年後に新しい仕事をするにも、準備に数年は要するでしょう。50歳から助走してほしいですね。専門家の中で競うのですから、簡単に成功するはずがありません。定年後に何かを計画するなら、定年になってから考えていてはとても間に合いません。私の場合、現役時代に細々とやっていた、カルチャーセンターの野外講座を一つの柱にしました。
 私の野外講座の参加者は女性が多いですね。7~8割は女性です。女性たちは、社交性があります。男性は付き合い下手のようです。どのように接したらいいか、勝手がわからないのです。会社は縦社会でしたから、過去の肩書は何であれ、横一線の付き合いに面喰って、腹を立てている人がいるかも知れません。長いセカンドライフです。男性も肩書きを捨て、外へ出ましょう。仲間に打ち解けないで一人ぼっちでいるのはもったいないですね。あの人は技術職、あの人は事務屋さん。男性たちには、長年のタイプが染み付いています。技術屋さんは堅物が多い気がします。気のせいでしょうか。
「60歳代からは人生で一番楽しいときですよ」といいます。家のローンも終わり、体は若い人と同じように動くし、子供の手はかからなくなったし、ご両親のお世話も終わって、60歳代、70歳代は人生で一番楽しいときですよといいます。
「先生、何時に終わりますか」野外講座が始まるとすぐに聞く男性がいました。「1時です」「間に合うかな・・・」。こういわれると、間に合わせてあげたいという思いもあって、歩くペースが乱れてしまいます。スケジュールが詰まっている手帳を自慢げに広げる男性もいます。「スケジュールが詰まっていないと不安なのですよ」。別の一人がぽつりといいました。会議、会議で追われた時代を忘れてほしいですね。セカンドライフの生活にリズムをつくるには、まず過去を断ち切ることです。
 私たちは体を動かすことによって体が軽くなる、気分が爽快になることを体験で知っています。しかし、散歩好きな私からみると、考えられない出不精な人たちがたくさんいます。主たる生活が、「ごろ寝」「テレビを見る」を切り上げて、ちょっと外へ出かけてみませんか。外出しないのは、散歩をするきっかけがないからです。「用事もないのに、どこに行けばいいのだ」というわけで、今まで忘れていた奥さんに付きまとうひとり立ちできない男たちがクローズアップされていますね。死語になってしまいましたが、「濡れ落ち葉」などと、陰口をたたかれないようにしましょう。今日の日本の発展は、60歳代、70歳代の力です。自信を持って胸をはってください。
 これから自由になる時間はたくさんあります。新しい出会いや感動が待っています。心配ありません。体は軽やかに動きだすでしょう
「身近に、こんなにいい所があったのですね」これはよくいわれます。サラリーマン時代、忙しい人は景色を見ていなかったのです。見る人の心構えで、見える風景も何も見えて来ません。会社人間にありがちなことです。歩いてみましょう。発見があるはずです。
 私の講座は、ご近所散歩から電車で出かける郊外散歩までを想定していいます。旅は大きな散歩です。資金と時間と体力と関心度(興味)にあわせて散歩しましょう。きっかけは健康のためでも、ご近所を知るためでも、ライフワークとしてでも結構です。もし楽しくなければ、やめればいいのです。ごく軽い気持ちでスタートです。
 散歩は一人でもできます。計画が面倒なら、みんなと歩きたいなら、カルチャースクールや旅行会社の野外散策講座が散歩のきっかけになるかもしれません。10名~20名の少人数で、テーマに沿った散歩のプランがあるので、利用してみるのもいいでしょう。
 早足で歩かないと運動効果がないとか、美しい歩き方でとか歩き方を煩くいう人もいますが、それは次のステップ。まず外へ出ましょう。そして続けること。継続は力です。人に接して話をすること。生活に変化をつけること。リズムをつけると置き換えてもいいでしょう。外へ出なければ、発見がありません。行動もせず机上でものをいっても、会社というバックもなく、肩書きもない今、だれも相手にしてくれないでしょう。
 高齢化社会に向かっている社会の目は、ともすると介護に目がいきがちですが、ほとんどの高齢者は健康です。20年以上も同一の講座をやっていると受講生の皆さんたちと仲間意識も芽生えるし、お互い生活の中に講座の日がインプットされ、生活にリズムを作っているようです。


2.気持ちは実年齢の8掛け

「うわ、年寄りがいっぱいだ」。野外講座の皆さんと練馬区の石神井公園の池の周りを歩いていたら、小学生が驚いたように叫びました。当時60歳代の私が一番若いくらいですから、小学生がびっくりするのは無理もありません。この小学生が「年寄り」とみなしたのは、何歳ぐらいでしょう。国連の世界保健機構(WHO) の定義では、65歳以上の人のことを「高齢者」としています。同義語として、わが国ではシニア、シルバー、年寄り、老人、熟年とあいまいな表現が使われています。シニアは最近のメディアの取り扱いとしては、定年後の方々を指して使われることが多ようです。老人福祉法では、老人は65歳以上です。「現代用語の基礎知識」によれば、熟年は45歳~65歳。他は使う人によって違うようです。65歳以上とするのが一般的ですが、10年ほど前の65歳と現在の65歳では見かけも体力も気力も大きく異なっています。見かけが若い人、老け込んでいる人もいますが、私は「年寄り」とか「老人」と呼ぶのは80歳以上ではないかと思います。サザエさんのお父さんの波平が52歳の設定とは、びっくりしました。
 童謡「船頭さん」の歌詞に、「村の渡しの船頭さんは 今年60のおじいさん、年をとってもお舟を漕ぐときは、元気いっぱい櫓がしなる それ ぎっちら ぎっちら ぎっちらこ」は昭和16年の歌詞です。作詞者の武内俊子が現在作詞したら、60ではなく、たぶん80歳に変えているはずです。特に気持は実年齢の8掛けでちょうど合うはずです。50歳の人は40歳の気持、60歳は48歳の気持、70歳は56歳の気持です。
 しかし、こんな体験もしました。50歳半ばのころです。私は川崎駅から南武線に乗って立川に向かっていました。雨降りの日で電車の床が濡れていました。ある駅で3~4歳の男の子とお母さんが乗ってきました。元気な男の子はお母さんが止めるのも聞かず、長靴で電車の中を行ったりきたりしていました。電車がブレーキをかけた弾みに、ステンと転びました。そのかわいいしぐさに私は、お母さんと一緒に笑いました。すると男の子は私を指差しながら「おじいちゃんが笑った」といって近づいてきました。車内の視線が集まりました。孫のいない私は「おじいちゃん」といわれたことがなく「おじいちゃん」の一言で、現実を知らされました。青年の気持ちでいても、子供から見れば私は「おじいちゃん」なのです。
 70歳を越えた近頃では、若い人たちに席を譲られることもあります。譲られた当初は、ついに来たかと呆然としましたが、ありがたく座らせていただきました。まだ歳ではないと意地を張ってせっかくの好意を断っている人を見かけますが、若い人たちは勇気を出して譲ってくれているのですから、素直に受けるのがマナーです。
 如何に心身とも若さを保つか、それにはただ歩くだけではなく、「目的のある散歩」が相応しいでしょう。野外講座のとき、「清水さん、休憩しないんですか」とAさんがいいました。私の講座はゆっくり歩いて2~3時間で終了するので、「ええ」とだけ答えました。念のため名簿を見ると72歳です。80歳でも歩いているのにと、気にかけずにいました。ところがこのAさん実は86歳。事務局に届けた年齢は72歳。なぜだかわかりません。参加を断られるとでも思ったのでしょうか。年齢詐称ですが、72歳より上には見えません。年齢とともに五感が鈍くなって物事に感動しなくなるといいますが、どうして、どうして、涸れてはいません。歩く姿は若々しいし、好奇心が旺盛で、デジカメを駆使してパソコンに取り込むほどのAさんです。現地集合でも複雑な都内の電車を乗り継いで参加する頭脳に衰えはありません。あんな元気なおじいさんになりたいと思いました。
 Aさんにびっくりしましたが、近頃90歳でAさんを越える若々しい人が参加してきました。足どりも軽やかだし、身だしなみもおしゃれで、老人ぽくなくて尊敬してしまいます。私製の名刺には、「私の趣味は散歩です」と印刷されていました。ふつう、80歳を超えると体力が若いときのようにはいきません。男性と女性では80歳を超えると女性の方が元気です。この2点は長く講座をやっている体験からいえます。安全サイドでみれば、元気に散歩できるのは80歳がひとつの目安です。人によって体力のばらつきがありますが、80歳を過ぎると、グループから遅れがちになる人や足元が危ない歩き方になる人が出てきます。なるべく多くの人に参加してほしいのですが、老化はゆっくり訪れます。80歳を越えたら、両手を空け、ストックを使ってほしい人もいます。手に荷物を持たず、リュックサックにしてほしいとお願いしていますが、危なっかしい人に限って頑固な人が多く、応じてくれません。若いころ運動選手でも、加齢によって無理はできません。転びでもしたら、それが元で寝込んでしまったらとハラハラしますが、「心と体の健康は歩くことから」という私の持論からすると、参加しやすい方法を考えなければなりません。本コースのほかに、途中でバスや電車で帰ることができるエスケープコースを作ることが今の課題ですが、うまくいくでしょうか。名誉ある撤退の日はいずれご本人が決めることになるでしょう。引き止めたいが、万一の事故も考慮しないといけません。


3.薬学からきた「散歩」の語源

 今から1200年~1300年前の天平時代に来日し、わが国律宗の祖となった唐の高僧・鑑真は、医薬の道にも詳しく、来日したとき、たくさんの薬物をたずさえていました。その薬物の中に「石薬(せきやく)」といわれる鉱物性の薬物が数多くありました。石薬は不老長寿の薬に使われ、聖武天皇も愛用したそうです。この石薬の中に「五石散(ごせきさん)」という製薬がありました。これは鍾乳石、硫黄、白石英、紫石英などを処方したもので、虚弱体質を改善し、体を強壮にします。この五石散を服用すると、まもなく効き目があらわれ、体が温まってきます。これを「散発」というそうです。この散発がないと、薬毒が体にこもってしまうので、散発を早めるため、薬を飲んだ後は必ず歩き回るようにしました。これを「散歩」といいました。散歩の語源は薬学用語だったのです。
 しかし、この散歩という言葉は薬学だけにとどまり、現在のような散歩は、ずっと後に入ってきました。江戸時代中期に盛んになった伊勢参り、富士登山、大山参り、江ノ島弁財天参りは、いずれも信仰のための歩きです。日本全図を作った伊能忠敬は測量のために歩きました。水戸藩では、9代藩主の徳川斉昭は、天保年間に「遷湖暮雪」(せんこぼせつ)ほか水戸領内の景勝地8ヶ所を選んで石碑を建てました。若い武士たちは心身の鍛錬に約90kmある水戸八景碑めぐりの道を1日で踏破し、健脚を競い合ったといいます。このように、日本人の歩きには余暇に歩くという習慣はありません。歩いた先には目的がありました。
 幕末になって、日本に来た西洋人たちがただ目的もなく街の中を歩いているのを見た勝海舟は、西洋人のぶらぶら歩きに興味を持ちました。それまで日本人は、歩くというのは、行き先があり、目的があって歩いていたわけですから、西洋人とは変な人種だと思い、「このぶらぶら歩きは何だね」と問いかけると、「プロムナード」という返事が返ってきました。海舟は、このぶらぶら歩きを「散歩」と名づけました。西洋文化を積極的に受け入れた明治初期です。散歩は文人や知識人の間で流行するようになったといいます。海舟は散歩の語源を知っていたのでしょうね。
 歩いて発散させなければならないものは、現代ならさしずめ心身にこもったストレスでしょうか。散歩は競技ではありません。運動が苦手でも、誰でも、いつでも、どこでもできます。体への負担も少なく、歩きは健康を維持するための基本です。
 間宮海峡を発見した間宮林蔵は、江戸から1日30里(約120km)も歩き、わずか5日で津軽半島の突端までいっています。散歩のイメージからは程遠く驚異的です。間宮林蔵は特例としても、江戸時代の男性は1日40kmを歩くのが当たり前で、女性でも20kmは歩きました。現代では男性でも毎日20kmを歩ける人は、まれでしょう。


4.健康を保つには散歩が一番

 だいぶ古いデータですが、博報堂が2003年9月に、全国の50~84歳の既婚男女3千人を対象に実施した調査によると、この世代の人々は、健康への漠然とした不安を感じ、食事や運動に気を配っているという姿が再認識されました。調査は回答があった2550人の集計です。
 この調査によれば、健康のために実行していることは、「食事に気をつける」がトップで81.4%。次いで「睡眠休養を十分に取る」が79.3%、「定期的に健康診断を受ける」が75.5%と続き、積極的に「スポーツをしたり体を動かしたりする」は62.0%という結果が出ています。
 次に、スポーツをしている人に種目を聞いたところ、男女とも「ウォーキング」(歩行、散歩)がトップ(男性63.5%、女性60.9%)でした。ここでいうウォ-キングは、私が60歳代、70歳代にすすめる散歩を含む広い意味での歩行を指しているようですが、男性の2位はゴルフ26.0%、女性の2位はストレッチ23.3%ですから、ウォーキングの人気の高さが分かりますし、健康のためというウォーキングの目的が見えてきます。
 散歩のよさは、思い立ったらだれでも日常生活の延長としてすぐ実行できることですね。何の道具も準備も要らない。お金も大してかからない。自分のペースでできる。毎日歩かなくてもいいなど、実行する側にとっていいことずくめです。義務感の伴わないこの気軽さが魅力です。散歩はトレーニングではないのですから、散歩が終わったとき、心地よい疲労感があるが、翌日に疲れを残さないといった散歩がいいのです。よく郊外で見かける都道府県主催や電鉄会社主催のウォーキングは、参加者が長蛇の列ですね。すれ違いができない細道で出会うと、長い間待たされます。切れ目がなく続く行列。これは行進で、散歩とはいえません。長い距離を歩くのも、苦痛を伴うだけで勧められません。参加者はただ歩けば満足しているのかなと私はいつも疑問に思います。しかも、短くて10kmもあります。足に自信のない人は参加できません。もっと心も豊かになるプランにしないと、せっかくのウォーキングにマイナスのイメージが定着してしまいます。「発見がある」「驚きがある」「新鮮さがある」そんな散歩でなくては、「趣味は散歩」の境地までいかないでしょう。
 また健康のためといって、同じコースを毎日、同じ時刻に雨が降っても義務で繰り返し歩く人がいます。お気持ちはわかりますが、かえってストレスになりませんか。楽しくなくては、「趣味は散歩」という境地にはならないでしょう。そんなに気負うのではなく、散歩しながら街へ買物に行く。買物をしたいので、街へ散歩に行くだけでいいのです。人それぞれ歩くだけにとどまらず、寄ってみたい目的地+αがあります。何を散歩に求めるか、散歩は何のためにするかです。ある人は健康のためといいます。しかし、健康な人にとっては、歩くことは手段であって目的ではありません。健康を維持して何をするかです。ある人は地域を知るために散歩しています。これが長続きの秘訣です。「趣味は散歩」への考え方です。知的好奇心が高まってくれば、ひきこもる人はいなくなるでしょう。

5.1万歩への挑戦

 1日に1万歩ほど歩くと健康によいという「1万歩」がいわれて久しいですね。健康を維持するためには、1日300キロカロリーを運動で消費することが大切で、1万歩を歩けば、健康の維持が実現できるというのが1万歩の根拠です。さっそく私も万歩計をつけ始めました。
 この1万歩の考えは、すっかり定着しています。「1日1万歩」運動を提唱したのは、財団法人・日本万歩クラブ。昭和40年のことです。特別に運動をしていない一般の人でも1日5000歩~6000歩を歩いているそうですが、これだけでは運動不足で、生活習慣病になりやすいということから1万歩の提唱があったといいます。現在も1万歩の実践活動を続け、年間スケジュールに基づいて活動しています。歩くと心身ともに健康になることは実感しますね。
 ところで、1万歩は何kmに相当するのでしょう。一歩の幅(歩幅)は人によって異なりますが、日本人の場合、身長から100を引いた値が適正な歩幅といわれています。エクササイズウォーキングとは異なりますので、1歩=60cm~70cmとして、1万歩は6km~7kmでしょう。距離はともかく、ゆっくり歩く散歩と、エクササイズウォーキングとではエネルギーの消費量が違うので、日本万歩クラブに問い合わせたところ、時速4kmを想定しているそうです。1km=15分です。キョロキョロしながら歩く散歩に、1km=15分は速すぎます。
 散歩は1kmを何分で歩くと思いますか。私の体験では20分~25分かけて歩くゆっくりペースがベスト。そして歩く距離は5kmぐらいがベストです。翌日に疲れが残らないペースです。日々の生活でも5000歩~6000歩程度は歩いているのですから、散歩で1万歩にこだわることもありません。目標ですね。快い疲労が残る程度がいいのです。歩く習慣のきっかけ作りが大切です。歩いた翌日疲れて家でごろごろしているのは歩き過ぎです。
 会社勤めの現役の方なら、通勤は最短距離を足早にいつも同じコースを歩いているでしょうから、1万歩へ挑戦するなら、帰りは違ったルートをとって見ましょう。時には、途中下車も大いにおすすめします。1駅、2駅手前で下車して、新聞の片隅に載った新しいビルのこと、ラジオで聞いた満開の花のことが気になったら、すぐ見に行きましょう。路上観察と称して、マンホールの蓋を観察しているグループもあるほどです。好奇心が散歩の原点です。
 どうしても加齢と共に歩幅が狭くなります。後足で地面を蹴るときの蹴りが弱いため、前足の膝が伸びきらないうちに着地してしまうので、歩幅が狭くなります。腕を振って歩く、上体を伸ばした姿勢で歩く(頭上から一本の糸によって上体が吊り下げられるような感じ)を心がけるだけで、歩く姿勢は改善されます。でも、野外講座の全員が背筋を伸ばして颯爽と歩く60代、70代だったら、ちょっと気持ち悪いですね。
 歩き方は美しいに越したことはありません。しかし、他人に見せるために散歩しているのではありません。美しい歩き方より内面の充実の方が大切です。話していても、美人だけでは物足りないのと同じです。でも、背を丸めて肩を落として歩く人が多い中で、背筋を伸ばして颯爽と歩く人がいたら目立ちます。知性も感じます。生活が充実しているなと誰もが思うでしょう。憧れますね。
 下り道は注意してください。上り坂は息切れがしても、立ち止まれば心臓の動悸はすぐに収まりますが、下り道で滑ると捻挫、骨折の危険があります。50代~60代では、心配ないでしょうが、70代も後半になると、若いころと違って捻挫や骨折をすると治りが遅くなります。寝込んだりすると、健康のためとはじめた散歩が逆効果になりかねません。体力を過信しないことです。残念ながら、だれでも若いままではいられないのです。神社の石段の下りはいつでも手すりを掴めるように心の準備をしておきましょう。転ばぬ先の杖が必要なときはためらわずにストックを活用しましょう。散歩の折のアクセサリーとして携帯して歩くのもいいでしょう。あなたから、ストックを携行する散歩がはやるかもしれません。